蠢く闇  4


               







               早乙女研究所
        
               ここが始まりだった。

               そして。




                           還る場所。
 






                        ☆









 「よお、武蔵!弁慶!」
 明るい声が響いた。
 驚いて2人が飛び出してくる。

 「リョウ!?」

 「何だよ、急に。連絡ぐらい入れろよな。」
 弁慶が嬉しそうに声を掛ける。
 「へっ!ここに帰ってくるのに、連絡なんか必要ねぇだろが。」
 にやりと笑うリョウ。
 「全くだ。ちょっと驚いただけだ。だってお前、2年間もここに来なかったじゃないか。」
 バンバンと肩を叩く武蔵。
 「痛ぇよ、馬鹿力。」
 ふざけて殴り返すリョウ。自分も混ざろうとした弁慶は、少し離れた所に立つ人影に気が付いた。
 「ん?」
 年の頃は16、7だろうか。色白の肌、漆黒の瞳。少年から脱皮したばかりの瑞々しい肢体。
 「ああ、弁慶。そいつはゴウってんだ。」
 武蔵とじゃれ合っていたリョウが、弁慶の視線に気づいた。
 「ゴウ?ゴウって、ミチルさんが言っていた、敷島博士の遠縁の?」
 武蔵も竜馬から手を離し、そちらを見る。
 「そうだ。コイツに研究所を見せてやろうと思ってな。おいゴウ、こっち来い。」
 「はい。」
 呼びつけられたゴウは、はにかみながら嬉しそうに近づく。
 「武蔵と弁慶だ。」
 「はじめまして。ゴウです。」
 丁寧に頭を下げるゴウに、武蔵と弁慶も慌てて応える。
 「早乙女博士はいるんだろ?先に紹介しとくか。ゴウ、行くぞ。」
 さっさと研究所に入っていくリョウ。ゴウは慌ててもう一度2人に頭を下げると後を追った。
 「・・・・・・・・・・敷島博士の遠縁ね・・・・・・・」
 「絶対に血の繋がりはないな。」
 「というか、あの子のどこが隼人に似てるって?」
 「思い出は美化されるというけれど、美化しすぎだよ、ミチルさん・・・・」
 隼人は確かに美形だったから、共通点があるといえばいえるけれど。
 隼人には硬質のイメージがある。その美も才能も、性格も。(強調!)
 「・・・・・・・隼人は俺たちの知らない一面を、ミチルさんには見せていたんだろうなぁ・・・・(たぶん)」
 「俺たちには隠しておいてくれてよかったよ。隼人からゴウ君みたいな素直でにこやかな笑みを向けられたら卒倒しそうだ。」
 「想像しようとしただけで、悪寒がするな・・・・」
 一瞬よぎった映像に鳥肌をたたせ、武蔵と弁慶は所内に戻った。



 リョウはよく笑った。
 早乙女博士に軽快に話しかけ、ミチルに笑い、元気におどけて見せた。まるで2年間の空白がなかったかのように。
 あの悪夢がなかったかのように。
 武蔵や弁慶の記憶のままに豪胆で無邪気なリョウ。
 違和感が。
 暗雲のように立ち込めてきた。
 リョウの笑顔が、ひどく危うい、脆いもののように思えた。
 「おい。」
 耐え切れなくなった弁慶が声を発したとき。

 「なあ、ゲッターに乗らねえか?」
 
 リョウが楽しげに言った。
 「え?」
 「あ、あの・・・・」
 全員ことばを無くす。リョウの真意が見えない。
 少なくともリョウはもう二度とゲッターには乗らない、そう思い込んでいた。
 「ゴウに見せてやりてぇんだ。俺たちのゲッターロボを。」
 「え?!いいんですか!!」
 「おう。お前も乗りたがっていただろう?一緒に俺の1号機に乗せてやるよ。」
 信じられない、とでもいうように目を輝かせるゴウに、リョウは明るく笑う。
 「なあ、武蔵、弁慶。ゴウはこう見えて運動神経は随分いいんだぜ。下手するとおまえらよりもパイロットに向いているぜ。まあ、オレには到底及ばんがな。」
 にやにやしながら言うリョウに、
 「はあ?!なに寝言言ってんだ。」
 「おうよ。俺たちをバカにすんじゃねえ。なんてったって、現役の軍人だぜ!」
 戸惑いながらもやり返す武蔵と弁慶。
 このリョウの陽気さは、忌まわしいものではないのだろうか。考えすぎだろうか。
 ミチルはゴウが隼人に似ていると言った。俺たちの目にはそうは見えないけれど、案外似ているところがあるのかもしれない。(ん〜ん。)そのおかげでリョウの精神が安定しているのかもしれない。それならいいが。
 かつてと同じ、明るくて闊達なリョウを目にしながら落ち着かないのは、全員があのときのリョウを忘れられないからだ。
 豪雨。闇を切り裂く稲妻。凍りついた時間。絶望という狂気に侵され、世界を拒絶していたリョウ。





 「少し遠出しようぜ。」
 昼食のあと。
 研究所の上空で幾度かフォーメーションを変え合体した。
 ドラゴン、ライガー、ポセイドン。3体のゲッターロボは変わらぬ威容を現した。ドラゴン号のコックピット後部で、ゴウは凄まじいG圧にも平然としながら、ずっと目を輝かせていた。これまでにない精神の高揚。この世界で最強の、そして最上の機能美を持つロボット。陶然としているゴウの前方、モニターに向かってリョウが言った。3機に分離し、ドラゴン号を先頭にライガー、ポセイドンと続く。
 『どこまで行くんだ、リョウ。』
 ライガー号から武蔵の声。
 「富士山の方まで行こうぜ。」
 マイクに返しながら、リョウは後ろのゴウに声をかける。
 「どうだ、ゴウ。スゲェだろう。」
 「はい!とても素晴らしいです、ゲッターロボも、そしてパイロットの皆さんも!!」
 凄いと思った。超人的な技術を持つ3人のパイロット。ゲッターロボを自身の手足のように動かす。機械と人間の共存、共栄とでもいうのだろうか。お互いが最高の力を引き出しあう理想。
 「・・・・・・・・・ホントのゲッターは、こんなもんじゃねぇがな・・・・・・・」
 ぽつりと呟かれた言葉はゴウにも聞き取れないほどの小声で。
 だが、モニターの向こう、2人の目に映ったリョウの口元の動きは、無理矢理飲み込んだ想いを確実に伝えていた。
 『リョウ-----ザ----ザ-----ピピ---』
 マイクに雑音が混じり、モニターがぶれる。
 「ん?乱気流か?電磁波か?」
 すばやく指が各ボタンをいじる。
 「・・・・・・・特に他は異常ねぇな。通信だけか・・・・?」
 つぶやくと腕につけた時計を押す。
 「おい、武蔵、弁慶。」
 『おう、リョウ。』
 『なんだ?通信がうまくできねえな。』 弁慶もつづく。
 「他の機器には異常はなさそうだし、一時的なもんかな。」
 『この雲を通り過ぎたらいいんじゃないか?』
 「んじゃ、高度、上げるか。」
 無造作に3機が上昇する。感覚だけが頼りの飛行なのに、平然とスピードも落とさず操縦する3人にも驚いたが、それよりもゴウの目は一点に留められていた。
 「あん?どうした、ゴウ。」
 強い視線にリョウが振り向く。
 「あ、あのすみません。その時計・・・・」
 「これか?これがどうした。」
 「いえ、マイクもモニターも使えないのに鮮明に声が通じて、凄いなって・・・・」
 「ああ、そうか・・・・」
 リョウは時計をゴウに見やすいように示す。
 「これは俺たちゲッターパイロットを結ぶ、唯一無二のものだ。特殊ゲッター回線を使用していて、研究所からの通信も別個になっている。」
 ・・・・・・・・・これほどまでに誇らしく、また愛しげな表情の竜馬を、ゴウは初めて見た。

 「こいつはどんなときでも、どんな場所でも俺たちをつなぐのさ。」

 雲を抜けて、マイクもモニターも正常に戻った。ゲッタードラゴンに合体して大気圏を抜け、宇宙から地球を見た。
 初めてみる地球の青さ。魂が引き込まれるような蒼。
 だけど。
 ゴウの目に強く残ったのは、時計を見詰めていたリョウの穏やかで澄んだ瞳だった・・・・・・・泣きたくなるほどの。






                    ☆                   ☆




 
 敷島は地下の一室にいた。静かな機械音の唸り。
 肘掛け椅子にもたれたまま、じっと思いを巡らせていた。
 今朝、急にリョウがゴウを連れて早乙女研究所に行って来ると言い出した。何を突然、と訝る敷島に、
 「武蔵と弁慶が筑波に戻る前に行くって約束したからな。」と笑った。
 約束? この2年間、何度誘われても返事さえしなかったリョウ。研究所に足を踏み入れるどころか、その形容すら目に映すことを拒んでいた。
 胸騒ぎがする。
 3日前のランドウ博士の訪問。
 リョウはハヤトの部屋に入り、しばらく出てこなかった。翌日問いただすと、「うん、まあ、なんとかなりそうだ。」と言っていたが。ハヤトを問い詰めても、「リョウから話があるまで言えない。」
 ・・・・・・・・白々しい言い様に胸が悪くなった。敷島がハヤトを疎んじているのが、ハヤトにもわかっているのだろう。
 敷島も、自分が理不尽な態度をとっていることは承知している。No56がハヤトの名を名乗るのが気に入らないが、それを付けたのはリョウだし、ハヤト造ったのは自分だ。No56に罪はない。だが、ハヤトの持つ悪意と思える印象は、捨て切れなかった。壊れかけた体の、それでも優れた知能を持つクローン体。体が動かぬゆえの集約された思考能力に、敷島は恐れに似た不安を感じていた。



 ピンポーン・・・ピンポーン・・・
 来客か?珍しい。敷島は慌てて部屋を出る。
 玄関を開けるとそこには。
 「ランドウ博士?」
 アルヒ・ズウ・ランドウ博士が、大柄な助手?ボディガード?を連れて立っていた。
 「どうされた。今日は何か御用でも?」
 「流君から聞いておられんのかな。」
 ランドウは楽しげに問う。
 「リョウはゴウと出掛けておる。」
 その笑いに嫌なものを感じて、敷島は眉を顰めた。
 「5時に約束しておったんですがな。少し早く他の予定が済みましたの来たのですよ。戻るまで待たせていただきましょう。その間、UIFOについてでもお話しましょうか。」



 敷島はランドウを自室に招きいれた。
 部屋に置かれた様々な銃火器を、ランドウは面白そうに眺める。
 「いやー、神君から聞いていたが、なかなかのコレクションですな。」
 にこやかなランドウを、敷島はジロリと睨む。
 「お世辞も前置きも結構じゃ。何をする積りなのか。」
 「ほっほう、さっそく核心ですか。会話には余裕というものが必要ですぞ。人間関係を円満に進めるためには。」
 「生憎あんたと円満な人間関係を築くつもりはない。それはあんたもじゃろう。」
 「よくご存知ですな。まったくです。」
 余裕たっぷりに応じる。
 「で?何をしに来た?」
 「ご存知でしょう。死にかけているクローン体を健康体にするために来たのですよ。」
 「どうやって。」  ますます渋面になる敷島。
 「簡単なことです。流君の頭にクローンの脳を入れ替えるだけの手術です。」
 「な、なんじゃと?!」
 思わず椅子から立ち上がる敷島。それに構わず、
 「手術は私とこの助手だけでできますから、手伝っていただかなくて結構ですよ。設備も十分のようですし。」
 「何を言っておる。誰がそんなことをしろと!」
 つかみ掛からんばかりの敷島に、
 「誰が、とは心外ですな。もちろん、当事者たちですよ。流君とクローン体。」
 「あっ・・・・あの、馬鹿!!」
 敷島は愕然とした。そこまでリョウは病んでいたのか。気づくべきだった。
 この3日間、リョウはまるで憑き物が落ちたかのように柔らかくなった。ゴウに対してもそれまでの冷たい表情ではなく、以前の武蔵や弁慶、ミチルや元気に向けていたのと同じ、仲間に対するもの、家族に対するものだった。リョウはランドウ博士のことは何も言わなかったけれど、ひょっとしたらハヤトの体について、何か良いアドバイスを貰ったのかもしれない。回復する手立てが見つかったとか。それでリョウが安定したのかと。
 大きな間違いだった。
 リョウは諦めたのだ。
 ハヤトを。いや、隼人を。
 ハヤトが隼人でないことを、一番わかっていたリョウ。
 無理に信じることで、万一奇跡が起きるかも、と切望していたリョウ。
 ようやく隼人の死を受け入れたことで、リョウは元のリョウに戻った。
 しかし、最悪の形で。

 「そんなことはさせん。それくらいなら、ワシがハヤトを殺す!」
 敷島は大声で言い放つ。自分が生み出したクローン。罪は自分が受ける。
 「おっと。」
 ズカズカとドアに歩み寄る敷島、ランドウの後ろの大きな影が動いた。
 「な、何をする!?」
 思い切り捩じ上げられた腕に悲鳴が上がる。
 「まあ落ち着いてください、博士。」
 ニヤニヤするランドウ。助手の男は敷島を椅子に戻すと、すばやく椅子ごと後ろ手に縛り上げる。
 「邪魔はしないでいただきましょう。」
 口元に笑みを浮かべ、おもしろそうに言う。
 「何故じゃ?あんただってあのハヤトを隼人とは思っていないじゃろうが。」
 「当たり前です。なぜあんなモノが神君だというのですか。」
 笑いは消えない。
 「だったらどうして!」
 「私は神君をひどく気に入っておったのですよ。あの才能、あの英知。信念のためには何を失おうとも微動だにしない、強靭で冷静で冷酷な意志。
 私がなにより惹かれたのは、彼にとって正義や悪は、彼の信念を揺るがす何の枷にもならないからです。彼が世界平和のために戦い、その後人類のためにその才を惜しげもなく分け与えたのは、たまたま彼の想いがその方向に向いていただけです。だから彼の想いを私の方へ向けることができれば、彼は私の右腕となり、わたしはやがて、望むすべてを手に入れるだろうと。彼自身は何の欲も持っていない。金も地位も名誉さえ。だから彼は何にも縛られることなく物事を処断できる。目的のためにはね。彼が私に心許してくれさえすれば、決して裏切らない腹心。」
 話すうちにランドウ博士の目がギラギラした光を帯びてきた。独裁者の目。
 「それに、彼の身体は好みでね。日本人には珍しいスラリとした長身、しなやかな肢体。いかにも理知的な白皙。声さえも好みだ。」
 舌なめずりしそうな言い方に、敷島は虫酸が走る。
 「そんなに隼人がお気に入りだからハヤトを欲しがるのか?アレを代わりに。」
 小馬鹿にしたように言った敷島に。
 「わっはっは。そんな馬鹿げたことがありますか。アレが神君の代わりになどなるはずがない。」
 いかにも可笑しなことを言う、とばかりに笑う。
 「アレは駒です。私の持ついくつもの駒のひとつに過ぎません。確かに知能は高い。それにアレには欲がある。自分がクローンであるという劣等感。それを選民、超人間だと意識することによって、自分を正当化、特別化しようとしている。これほど扱いやすい駒はない。」
 「・・・・・・・・そのためにリョウを殺すのか。だが、それならばまだゴウのほうが良いのではないか?同じクローン体だ。」
 以前リョウが言ったこと。ハヤトにゴウの体をやれないかと。そのときはリョウの狂気に押され、何も言えなかったけれど。
 「身体能力で流竜馬に及ぶ者は地球の何処にも居ない。あのクローンは自分を最高のものにしたいようだな。それに流君がいたら、ずっと神君と比べら続けられる。あのクローンには耐え切れんのだろう。卑しい奴とはそんなものだ。それに私としてはゴウ君も好みでな。そのままのほうがいい。白いシャツに蝶ネクタイを着ければ、従者としてなかなか似合いそうだ。」 嬉しそうに笑う。
 「さて、そろそろ流君が帰ってくる頃だ。向こうに戻るとしよう。大丈夫、博士のことは流君から頼まれておりましてな。きっと反対するだろうから部屋に閉じ込めておいて欲しいと。なに、命までは取りませんよ。私の腕を見ていただきたいし、何より神君が一目置いていた人物ですからな、貴方は。羨ましい限りです。私は神君に何度も私の研究所に来てくれるよう依頼したのですがね。ついに叶わなくて残念でした。今の私の腕ならば、即死状態だった神君も何とか蘇生出来ただろうに。」
 いかにも惜しいといった表情のランドウに、
 「あんたに蘇生されるくらいなら、隼人はさっさと成仏する方を選ぶじゃろう!」
 怒りのままに言う敷島に、
 「ふふふ、敷島博士。死者に選択権はありませんぞ。その証拠に神君のクローンを造ったのは誰でしたかな?死者を生き返らせるのは、生者の都合ですよ。」
 ギリギリと睨む敷島。
 「この部屋は防音がしっかりしているそうですな、武器の実験用に。まあ、一軒家ですから多少暴れても構いませんが、電話線だけは切っておきましょう。」
 部屋を去り際にランドウ博士が告げると、助手はさっさと電話線を切り部屋を出る。ドアのあたりでガチャガチャと音がするとこをみると、何か仕掛けをしたのかもしれない。
 「クソッ!!」
 敷島は椅子に縛り付けらたまま歯噛みしながら、あたりを見回す。銃器はあるが縄を切る刃物はない。壁の銃器を体当たりで落としたとしても、暴発の恐れがあるだけだ。今度から刃物を有した武器の研究もするか、と考えながら、目は忙しなく上下する。
 本棚の最上段。
 ひっそりと置かれた小箱。
 椅子を引きずったまま敷島はその本棚に体当たりする。
 重厚な樫の木の本棚はどっしりと安定していて。
 詰め込まれた本の重みも加わり、なかなかビクともしなかったが。
 幾度目かの体当たりの後、ぐらりと揺らいだ。急いで離れた敷島だったが、椅子ごと倒れ、かろうじて本棚の直撃は裂けられたものの、重い本が次々と振ってきた。
 額から血を流し、それでも本棚が倒れたとき部屋の隅に飛んだ小箱に、体を引きずって行く。


        半分、蓋の開いたその中には。






 泊っていかないのか、という早乙女博士やミチルの言葉を断って、研究所を出たのは4時前だった。武蔵も弁慶も一緒に泊ろうと言ったが、2人は今日、筑波に戻る予定だ。2人とも一日くらい遅れても構わないと言うが「大尉がそんなんじゃ、示しがつかんだろうが。」とリョウは笑った。
 武蔵と弁慶と同時に研究所を出て、途中で二手に分かれた。名残惜しい、というより、なんとなく不安そうな2人に、ニヤリと笑って手を振ったリョウ。そのまま家に向かったが、5キロほど手前で、リョウはサイドカーを停めた。
 「忘れてた。ケーキ、頼まれてたんだ。」
 「はい?ケーキ?」
 「ああ、博士がな。丸いやつ、買って来いって。」
 今まで敷島がケーキを食べていたことなどあっただろうか。ゴウはちょっと首を傾げる。ミチルはときどき、パイやクッキーを差し入れてくれたが。
 「ゴウ、悪いがこのまま戻って買ってきてくれ。」
 「あ、はい。でも、先に竜馬さんを家に。」
 「いんや。久しぶりにゲッターに乗って、気分が高揚しているからな。ここから走っていくさ。」
 さっさとバイクを降りるリョウ。慌ててゴウもサイドから降りる。
 「んじゃ、頼んだぜ。お前の好みでいいぜ。」
 財布を渡す。
 「それと。」
 リョウは無造作に腕から時計を外す。
 「いつも家の事、きちんとやってくれてるからな。ご褒美だ。」
 「え?ええ?!」
 渡されたものとリョウの顔を見比べる。
 「気に入ったんだろ、それ。」
 ニヤニヤ笑う。
 「え、ええ。でも、これは凄く、大事なものじゃないですか!」
 「もう戦いもないし、俺がゲッターに乗ることもねえ。」
 「でも!!」
 「宇宙に行くときは武蔵も弁慶もいないしな。それに・・・・・・・」
 聞き取れないほど小さく呟かれた言葉。
 だが、ゴウの耳はそれを拾っていた。
 「ま、受け取れ。知ってっか?今日はおまえの誕生日だ。」
 「?」
 「正式にカプセルから出たのは来月だけどよ。No53の暴走からオレを助けるために一度外に出ただろ。アレから一年だ。誕生日、おめでとよ。」
 呆然と立ち尽くすゴウに、
 「さっさと行ってこいよ。」と手を振ると、振り返ることなく走り去って行った。
 手の中に残された時計のズシリとした重さ。それは込められた想いの重さ。
 誕生プレゼントだと言った竜馬の優しさに感動しながらも、ゴウはひどくやるせない気持ちだった。自分はリョウにとって、何の支えにもなれないのだろうか。
 さっき、リョウが自分自身に言い聞かせるかのように呟いた言葉。

         「それに・・・・・・・・アイツからは届かない。」






 筑波に向かう車内で、腕に着けられた通信機が鳴った。普段は時計としての機能しかない通信機。武蔵と弁慶の間でさえ。
 「あれ、リョウからか?」
 運転しながら弁慶が問う。
 「何だろな。」 
 通話ボタンを押そうとした武蔵が見た、発信者ナンバー。
 「え!ええ?!」
 思わず声が裏返り、ガバッと身を乗り出す。
 「まさか!なんで、No.2!?」
 「何!!」
 No.2。 隼人の通信機はあの事故のとき粉々に壊れたはずだ。震える指で通話ボタンを押す。
 「こちら武蔵!」
 『武蔵、弁慶!!』
 切羽詰った敷島博士の声が響く。
 「敷島博士?なんで、その通信機・・・・」
 『説明はあとじゃ。すぐワシの家に来い!リョウが危ない!!』
 『竜馬さんが!?』
 若い声がひびく。
 『?ゴウか?なんでおまえが通信機を?ああ、そんなことはどうでもいい、リョウはどこじゃ、おまえは?!』
 『竜馬さんは家に戻ったはずです。俺は町へ・・・・』
 『すぐ帰って来い!!』
 通話の途中からもう弁慶は車を回していた。武蔵と目で頷き合う。やはり、何かが。

 待っていろリョウ。今度こそ俺たちは間に合わせる!






                               




 額からの出血で意識が朦朧としている。だが今、意識を失うわけにはいかない。早く、早くリョウを止めなければ。
 ガチャガチャと音がする。誰だ?ゴウか。弁慶か?まさかランドウでは。
 バタン!
 「博士!」
 ゴウが敷島の縄を引き千切る。すばやくハンカチと敷島のネクタイで止血する。
 「大丈夫ですか!」
 「わしはいい。すぐに地下の研究室に向かえ。手術と言っておたから、きっとあの部屋じゃ。」
 クローン研究のための資器材や設備が整えられた研究室。
 「急げ、リョウが死ぬ!」

 
 

 ゴウがその部屋に飛び込んだとき、すでにリョウは手術台に横たわっていた。もう1つの手術台の横には車椅子に座ったハヤトがいた。
 「竜馬さん!」
 駆け寄ろうとしたゴウを、ランドウの助手はその大きな腕で遮ろうとする。ゴウはするりと体をかわすと大男を投げ飛ばした。
 「ほほう!」
 感心したように声を漏らすランドウをギリッと睨みつけ、竜馬の方に向かったそのとき。
 バシュ!!
 「うわあ!!」
 全身に衝撃が走り、体が硬直する。視線だけが相手に向かう。
 ハヤトの手には銃が。
 「心配するな。パラライザー、神経麻痺銃だ。」
 『な・に・・・・』
 舌が動かない。
 「リョウはあまり麻酔が効かないらしいからな。強すぎる麻酔を使うと、体に影響があるかもしれないだろ。だから、こっちも用意してたんだ。」
 『お・・ま・え。ゆ・・・・るさ・ない・・て・・い・・たはず・・・だ・・・・リョ…マさん・・・・きずつけ・・・たら・・・・!』
 わずかにくちびるが動く。読んだようにハヤトがふふん、と嘲る。
 「別に約束を破っちゃいないさ。リョウの幸せを願ってると言ったろ?リョウの幸せはオレと共に生きることさ。」
 「違う!!」  かすれた声で叫んだ。
 「おや?声が出せるのか。すごい強靭な精神力だね、ゴウ君。」
 ランドウが嬉しそうに言う。その言葉にムッとしたようなハヤト。
 「リョウ・・・・マさんは、おまえと、いたいんじゃ、ない・・・・・隼人さんと、居たいんだ!」
 「だからオレがいるだろが!!」  苛立つハヤト。
 「おまえでは代わりにもなれない。わかっているじゃろう、ハヤト」
 息も荒い敷島が、蒼ざめた顔で立っていた。
 「おやおや、次から次とお客さんが。」  ランドウがつまらなさそうに呟く。
 敷島の言葉に顔色を変えたハヤトが、ゆっくりとパラライザーを敷島に向ける。
 「博士なら、これでも心臓麻痺を起こすでしょうね。」
 「ハヤト、よせ!」
 リョウが手術台から叫ぶ。
 ちらっと目を向けるが、銃を下げる様子はない。
 「リョウ、もう、うんざりなんだよ。おまえはいつだって俺を見ていない。俺は隼人じゃない。でも、隼人であろうとした。おまえが望むから。だがおまえは、俺をハヤトと呼びながら、絶対オレを見ていなかった。ただ影を見ていただけだ!」
 怒りも顕わに言い放つハヤト。だが、すぐにクスリと笑う。
 「でも、もういい。あんたたちの隼人には到底なれないが、俺の知能はこれでも常人をはるかに超えている。神隼人の名を捨てれば、俺は俺として世間に認めさせることが出来る。」
 「待てハヤト。ランドウの甘言に乗るな。こいつは、」
 言いかけた敷島をランドウの助手は軽く腹を打つ。
 「グッ!!」
 崩れ落ちる敷島。
 「もういいでしょう。この調子で行くと、また呼びもしないお客さんが来そうだ。さっさと手術にかかろう。」
 ランドウがリョウに向かう。
 「麻酔は効いていないようだね。これ以上は象でも無茶だ。パラライザーにしようかね。レベルはいくつがいいかな。」
 「リョウ、正気に戻れ、そいつは隼人じゃない!!」
 敷島の悲鳴に似た怒声に、リョウは哀しげに笑った。
 「わかってるよ、博士。博士の言うことも、ハヤトの言うことも。コイツは隼人じゃない。だが俺は、隼人を生かすつもりで体をコイツにやるんじゃないんだ。俺がコイツを造ったその侘びだ。勝手に造って、しかもその体は壊れかけた体だ。悪かったな、ハヤト。せめて俺の体を使って長生きしてくれ。お前なら、きっと楽しく生きていけるだろうぜ。」
 「リョウ・・マさん。」
 ゴウが必死に体を動かそうとする。
 「ゴウ、おまえにも悪かったな。勝手に造って。でも、おまえの体は正常に機能しそうだ。なんかあったらランドウ博士に頼め。この博士の腕は確かだ。」
 「やめてください!リョウ・・・さん!」
 「すまねえな。俺はもう・・・・・・・・疲れたんだ。」
 深い諦念がリョウの目に浮かんでいた。昏く哀しい瞳。リョウは、ゆっくり目を瞑った。
 『いやだ、いやだ!誰か助けて!竜馬さんを助けて!武蔵さん、弁慶さん!!』
 ゴウの腕に光る通信機。
 『早く、早く!!間に合わない、助けて!!』

 光が。
 淡い金色の光が、ゴウをうっすらと取り巻いた。
 
 「何?」
 全員の目がゴウに向く。
 ゆっくりと、ゆっくりと、その光は形を作っていく。そして。
 ゴウの前に立つ、透ける人型。

「隼・・・・・人・・?」
 
 手術台から身を起こすリョウ。呆けたように人型を見る。
 「馬鹿だとは思っていたが、これほどとはな。」
 あきれたように苦笑する顔は、確かに見慣れていたもので。
 「なん・・・で。おまえ、・・・・本当に?」
 知らず立ち上がっていたリョウを一瞥し、
 「さすが象なみに神経の鈍いやつだな。麻痺なしか。」
 「な、なんだよ、鈍いって!俺の運動神経は抜群だぞ!」
 いや、今、そんなこと言ってる場合じゃないだろう。 本人もそう思いつつ、つい、突っ込む。
 「まあ、ちょっと待て。」
 隼人はハヤトに目を向ける。隼人の体は透けているのに、その存在感は圧倒的で。ハヤトは初めて恐怖というものを知る。
 「な、なんだよ!」
 声が震える。自分の存在が、取るに足りないものに思えてくる。
 「リョウ。」
 ハヤトを無視し、リョウに語りかける。 
 「あの事故の後、俺はさっさと成仏するはずだったんだ。それをお前が変に引き摺るから、意識だけが残ってしまった。」
 「い、いや、その、あの。でもそれじゃ!」
 なんで、さっさと姿を見せてくれなかった?!とリョウが言う前に、
 「俺はお前がクローンを造ろうとしているのを知った。だから止めさせようとした。最初の核は、全部壊れただろ?」
 「お、おまえがわざと!?何でだよ!」
 「決まってる。クローンなんて造るものじゃない。クローンを造って、俺の姿形を懐かしむだけならいいが、お前は俺そのものの復活を望んでいた。それはお前にとっても、クローンにとっても不幸だ。だから俺は、自分に残されたすべてのエネルギーを使って、クローンの製造を阻止しようとしたんだ。俺の意識も消え去り、すべてが終わるようにと。・・・・・・・・・・それを、よりによってゲッター線なんか使いやがって。」
 苦々しそうに言う。怒られた子供のようにシュンとなるリョウ。
 「やっぱり、ゲッター線が入ると違うのか?」
 こんなときでも興味深々に尋ねる敷島博士。やれやれといった隼人。
 「博士。貴方がついていながら何ですか。」
 「い、いや、わしも、その、なんというか・・・・」
 出来るならばワシも、お前と一緒に宇宙に行くのもいいと思ったのだ。この地球に未練はない。
 「ゲッター線は意志エネルギーも強化しますからね。固体自身が強い意思を持っていた場合、いくら俺が消滅させようとしても無理でした。」
 「それが、No.52、No.53、No.55、そしてNo.56か。」
 「ちょと待て!」
 ハヤトが勇を奮って声を発す。
 「では何か?オレの体がこんなのは、お前のせいなのか!?オレとゴウ、何故、差をつけたんだ。オレをこんな壊れかけの体にしておきながら、何故ゴウだけ普通人のように!」
 怒りに震えるハヤト。それにすぐ対応したのは、隼人ではなくリョウだった。
 「 隼人にガンつけんじゃねえ!」
 初めてハヤトにぶつけられたリョウの罵声。
 「・・・・・・おい、あからさまじゃ、リョウ・・・」
 敷島の疲れたような声。
 「別に俺が贔屓したわけじゃない。」
 相変わらず、場にそぐわぬ平然さで受け流す隼人。
 「俺は満遍なく消滅を願ったんだがな。(おい、そんなに簡単に言うことか?) ゴウは、多分、俺の想いのひとつが強調されたんだろう。」
 「想いのひとつって?」
 リョウが不思議そうに尋ねる。
 隼人はふわりと笑う。その表情。ああ、隼人だ、とリョウは泣きたくなる。
 「俺はリョウと宇宙に行きたかった。見知らぬ世界、心躍る冒険。共に戦い、共に守りあう。もちろん、武蔵も弁慶もミチルさんも守りたい。共に生きたい。そんな、『守りたい』 『守られたい』 『できるなら、ずっと一緒に』。 
 その想いがゲッター線で強化されたら、ゴウが普通人以上に優れた身体能力なのも頷ける。リョウに懐くのもな。共に生きたかった俺の記憶だ。」
 優しく穏やかな表情の隼人。武蔵や弁慶の知らない、リョウとミチルだけが知っている隼人の素顔。
 「では、オレは?」
 顔色を悪くしながらハヤトが聞く。聞いてはいけない、答えを知ってはいけない。そう警鐘が頭の隅で鳴り響く。
 「おまえは。」 
 ゆっくり隼人がハヤトに近づく。
 ビクッと体を震わすハヤト。
 「俺の中にある自己顕示欲。そういったものが強調されたのだろう。俺の気に入らぬ、否定したい部分。だからおまえが壊れていくのは必然だ。」 
 一切の感情を映し出さない隼人の眼。嫌悪の情さえもない。
 そこに居た誰もが、ランドウでさえハヤトに憐憫を感じるほど、冷たい言葉だった。
 ゆっくりと隼人の腕が上がる。そして、右手がハヤトの額に当てられようとする。
 「ま、待ってくれ!」
 恐怖に見開かれる目。
 「お、おい隼人。何するんだ!?」 慌ててリョウが止めようとする。
 「オレは、造ってくれなんて頼んでいない。勝手にクローンとして造り、いらないからと勝手に殺すのか?オレが悪いんじゃない。悪いのはリョウ達だ!」
 震える声。リョウの耳に突き刺さる。
 「あ、の、隼人。オレが悪いんだ。その・・・」
 「ああ。お前が悪い。お前が馬鹿なのが一番。」
 あっさり返される。ぐぅの音もないリョウ。
 「だがハヤト。お前にもわかっているだろう。」
 隼人の眼、少しも揺るがず。
 「お前の細胞は壊れ続ける。それは体のみではない。脳細胞もだ。リョウの体を得たところで時間に大差はない。せめて、苦しまないようにしてやる。」
 ゆっくりと「光の手」が押し当てられる。
 「い、いやだ。待ってくれ。」   震える哀願の声。
 周りは硬直している。誰も何も言えず。そこにいるのは、正(まさ)しく、「神 隼人」だった。
 隼人が告げる。

 「還れ。」

 一瞬、光がハヤトを包んだ。そして・・・・・・
     車椅子の上、何も残っていなかった。



 「ランドウ博士。」
 隼人が静かに声をかける。
 「おう、わかっている。私にはもうここに用はない。 君の今の鮮やかな手並みを見せつけられては、何もしようとは思わないね。どうだね、このまま私と一緒に来ないかね。」
 「何だって!」  リョウがすぐさま声を上げる。それを片手で制止、
 「残念ながら、私のエネルギーはここまでです。もう一度お会いできて光栄でした。」
 「おい、隼人!」
 「ふぁっはっは。心にもないことを言ってくれる。まぁいいだろう。君のUFOの設計図も見せてもらったし、今回の訪日は価値あるものだった。もし次もこのような機会があれば、是非、私の所へも来てくれたまえ。」
 鷹揚に笑い、助手を促して出て行こうとしたとき、ドタバタと足音が響いた。
 「リョウ!!」
 「何があったんです、博士!」
 飛び込んできた武蔵と弁慶はザッと部屋を見回し、リョウと敷島の無事を確認してほっとする。間も無く。
 
 「・・・・・・・!?」
 「・・・・・・・隼人?!」
 今はもう、陽炎のように淡く揺らめいていたが、それは間違いなく隼人だった。

 「ほほう。ゲッターパイロット全員勢ぞろいかね。これでは神君が現れなくとも、手術は無理だったろう。私の自慢のボディガードも、フルメンバーのゲッターチームには到底勝てまいからね。」
 面白そうに笑う。
 「では神君。ごきげんよう。君に触れられなくて、大層残念だ。」
 大男の助手を従えて出て行った。

 「お、おい。これは一体・・?」
 「なんで隼人、透けてるんだ?」 (そっちか!)
 混乱している武蔵達に構わず、リョウは泣き出しそうな目で隼人に近づく。
 隼人の姿は更に薄れ、声にはならず、口元だけが動く。
 「え?ええ?何、隼人!」
 隼人は敷島を見る。敷島は大きく頷く。
 フッ。
 隼人は消えた。
 「な、何!」
 リョウの絶叫。
 「どこだ、どこに行ったんだ、隼人!!」
 ゴウの肩を掴み、乱暴に揺さぶる。
 「待て、リョウ。こっちじゃ!」
 ふらつく体で敷島は部屋を出る。
 「博士、危ない!」
 武蔵が支える。
 「こっちじゃ。」
 武蔵に支えられながらひとつの部屋に入る。そして奥のほうで何かを操作する。すると、壁のひとつが静かに上がっていった。
 「こんな部屋、あったのか?」
 真っ先にリョウが部屋に飛び込む。その先に。
 クローン製造のときと同じカプセルがあった。
 青緑色の液体に満たされたそこには。
 無数の泡が激しく湧き出ていて、中は窺えなかった。

 「これは?」
 首を傾げるリョウ。
 「No.59か?」
 「はぁ?なんだそれ。」
 武蔵も弁慶も呆気にとられている。
 「博士、これは一体・・・・・・」
 問いかけたリョウは口を閉ざす。

 
    敷島は泣いていた。自分が泣いていることにも気づかずに。
    ただただ、カプセルを見詰めていた。





                              ☆





 長い説明が終わった。
 武蔵と弁慶は黙ったまま聞いていた。
 リョウと敷島が隼人のクローンを造ったと聞いても、特に嫌悪はなかった。
 あのときの悲哀、狂気に身を任せていたリョウを見ていた2人。
 かえってクローン製造の邪魔をしていたらしい隼人に腹を立てた。そんな力があるなら、さっさと帰ってくるべきだと。隼人が聞いたら呆れ、そんな問題じゃないと怒るだろうけれど。

 「だけど、なんでここに隼人の脳があったんですか?」
 不思議そうな弁慶。
 「そうだよ。たしか隼人の脳は、ていうか、頭は燃やしたはず・・・・・・・」
 武蔵も記憶をたどる。リョウが教会の墓地から隼人を掘り起こしたとき、自分たちは隼人の遺体を研究所に運んだ。頭は・・・・・別に穴なんて開いてなかったぞ。あれ、記憶違いか?
 「いや、そうではない。」
 武蔵の思考を読んだように。
 「隼人は事故のとき、体はメチャメチャだったが、首から上は綺麗なままだった。ワシはそのとき、幾度となく、隼人の脳を保存しようかと考えた。だが、それは隼人の望むことではないと、自分に言い聞かせた。だが、リョウが隼人の遺体をを掘り起こし、それを墓に戻すか、荼毘に付すかの話がされている間、ワシは最後のチャンスだと思った。一度は諦めたソレ。成したほうが良いという訓辞のように思えた。あのときはワシも狂っておったのかもしれんがの。」
 ・・・・・・一度は諦めた背徳を、誘うかのように示された、リョウの狂気。
 「ワシは研究所の霊安室に置かれていた隼人から脳を取り出した。遺体は棺に入れられたまま荼毘に付された。誰も気づく者はなかった。
 ワシは隼人の脳を保存したが、それをどうこうしようという気はなかった。ただ隼人が完全に失われるのを懼れただけだ。だがリョウは狂った。錯乱から覚めてなお、狂っていた。いや、ワシも狂っていたのかもしれんて。リョウがクローンを造ると行ったときはただ受け入れた。もう一度隼人に会えるならそれもいいかとの。」
 「隼人の脳があったんなら、なんでもっと早くオレに教えてくれなかったんだ?」 
 「教えられるはずないじゃろが。今でこそこうやって、再生し始めおるが、ワシが取り出したのは二日ほど経った死体からじゃ。なんの保存処置もされておらんかった。ワシも捨て切れなくて保存したものの、これ自体が生き返るなんて、思いもせんわ。」
 「でも、生き返るんだな。」
 リョウが言い切る。
 「ああ。」
 必ず。
 「このカプセルの中では高純度のゲッター線が渦巻いておる。通常の30倍近いものだ。ワシは照射しておらぬのにな。」

 5人の目の前で、ゴボゴボと激しく泡立つカプセル。中を見ることは叶わないけれど。

 カプセルは地下室から出された。
 リョウが隼人と一緒に寝起きすると言い出し、ベットを地下室に運ぼうとしたとき武蔵が言った。「どうせなら、こんな地下室じゃなくて、上の部屋に隼人を運ぼう。お日様に当ててやったら、成長も早いんじゃないか。」 ・・・・・・・・植木鉢ではないのだが。
 保存液に浸されていただけの「死者の脳」。そんなものが蘇生するわけはない。しかも体を形成するなどと。
 しかし、ゲッター線は未知の力を秘めたエネルギーだ。奇跡を願うのは愚かかもしれないが、すでに自分たちは奇跡を見た。科学的説明がつかなくとも、願いが叶うならば、すべて受け入れる。
 「早乙女博士やミチルさんにこのことは?」
 弁慶が確認するかのように尋ねる。
 「2人には黙っておいてくれ。隼人が復活したら、相談しよう。」
 弁慶も武蔵も頷く。奇跡は起きるかもしれないが、その後どうなるかは定かではない。いつまでも奇跡が続くと信じるほど、自分たちは子供ではない。
 「わかりました、博士。でも、俺たちにもう、隠し事はナシですよ。」
 「いいな、リョウ。これだけは約束だぞ!」
 「おうよ、悪かったな。」
 悪びれずに答えるリョウ。2人とも溜め息をつく。本当にわかってんだか。で、唯一の常識人に頼むことにする。敷島もかなり普通っぽくなってきたが、このあと元に戻らないとは限らない。
 「ゴウ、この2人の監視とお守(も)り、頼んだぞ。」
 「え?ええ。はい?」
 「おい、監視はともかく、お守りってなんだよ!」
 『監視はいいのかよ。』
 「お前と博士じゃ信用ならないし、アブナイってことだよ。」
 「アブナイって、隼人じゃあるまいし。」 むくれるリョウ。頭を抱える2人。
 『 お前のほうがアブナイだろ!』
 そうか、今まで隼人の方がアブナイ人間に見えたのは、リョウの狂気を隼人が抑えていたってわけか。勘違いしてて悪かったな、隼人。
 (・・・・・・・いや、あながち勘違いではないと思うけど・・・)
 
 「じゃあ、俺たちは行くけど、約束だからな。」
 「おう!」



 それから武蔵と弁慶は、リョウと連絡を取り続けた。
 電話の向こうの嬉しそうな明るい声。ゴウに聞いても、再生は順調らしかった。
 

 
       半年後。

               隼人が復活した。





       
                                 ☆

 

 
 
  
 早乙女研究所を見下ろす丘。
 乳白色の優美な線を描く慰霊碑の横で。
 武蔵と弁慶は夜空を見上げながら酒を酌み交わしていた。
 満天の星。 悠久の宙。


 「あいつらが行っちまって、もう、一年か・・・・・・・・」
 「あいつら、向こうではしゃいでいるだろな。」
 「仕方ないこととはいえ、俺たち、貧乏くじ引いた気分だな・・・・・」
 軍においては少佐の地位で。
 責任ある仕事に自負と情熱を持ってはいるけれど。
 それでも、羽ばたいていった者に対する羨望は強い。たとえそれが、重く辛い宿命を課せられた代償だとしても。

     その重さを軽々と引き摺って、満面の笑みで飛び立った  友。







 隼人が完全に復活したとの知らせを受けて、取るものもとりあえず、駆けつけた。
 半年前よりもずいぶん大人びたゴウの出迎えを向け、飛び込んだ部屋に。

 変わらぬ 隼人がいた。
 その白皙も眼差しも、声も。
 何ひとつ変わってはいなかった。2年半前の事故当時そのままに。

 「隼人・・・・・・」
 武蔵の目から大粒の涙がこぼれる。
 「迷惑かけたな。」 穏やかな、そして凛とした声が続ける。
 「リョウが。」
 「「リョウかよ!?」」
 思わず突っ込む武蔵と弁慶。 リョウはずっこけた。
 「違うか?一番馬鹿やって大迷惑かけたのはリョウだろう。」
 しらっと答える。そのそっけなさと容赦なさに、
 『ああ、確かに隼人だ。』 と安心する。  (おい!)
 「生き返ってくれてよかったよ。もう、体のほうはなんともないのか?」
 嬉しそうに言う武蔵に。
 「いや、ちょっと問題があってな。会えた早々で悪いが、UFOが完成次第、俺たちは宇宙へ行く。早乙女博士たちには黙っていてくれ。」
 「へ?」
 表情を変えず、事務連絡のように淡々と告げた隼人の言葉を、もう一度ゆっくり咀嚼する。
 「!何だって---!!」
 思わず襟首を掴む。弁慶もまわりを見回す。リョウ、ゴウ、敷島博士。3人ともすでに納得しているのだろう、悟ったような表情。
 「どういう意味だ?」
 武蔵と弁慶は困惑する。隼人は体に問題があるらしい。だが、それにしてはリョウの落ち着きがわからない。隼人を失うことを何よりも怖れたリョウ。どういうことだ?まさか、隼人の予備を大量生産・・・・・・・・・ゲッタービジョンが脳裏をよぎる。いや、ゲッター2ならまだ可愛いが、隼人がぞろぞろと・・・・
 「人をゴキブリみたいに言うな。」
 眉を顰めている隼人。えっ、口に出ていたか?
 「あっはっは、そりゃあいいや。おい、オレにも2.3体寄越せ!」
 笑い転げるリョウ。明るいを通り越して高いテンション。どうした?
 「笑いすぎだ、リョウ。」
 溜め息をつく隼人の横で、バズーカーを構え発射する敷島。
 「おゎっと!!」
 グサグサとナイフが壁に突き刺さる。
 「あぶねぇ!ってか、なんでバズーカーからナイフが飛び出るんだよ!」
 「いや、刃物の武器を考案中でな。」
 だからといって、こんなにたくさん仕込むかよ、とかギャアギャア喚いているのを放っておいて。
 「説明してくれ、隼人。」 
 真剣な目を向ける武蔵。
 「ミチルさんに会えない理由を。」
 ミチルは今も隼人を想っている。もし、隼人の命が短いものだとして、再び失う悲しみを前提としても、ミチルは隼人が生き返ったことを喜ぶだろう。悲しみを恐れ、喜びをなきものにしたいなど、あの人はこれっぽちも考えない。あの女(ひと)は強くて優しい。
 隼人は壁に歩み寄ると、刺さっていたナイフを一本引き抜いた。
 リョウや敷島は黙ってみている。戸惑う武蔵と弁慶の前で、隼人はその白い手首にナイフを滑らせた。
 
 「あ!隼人、何を!?」
 噴出した血に、思わず腕を掴んだ武蔵は愕然とした。目の前で瞬く間に傷が塞がり、もとの白い手首。傷跡さえない。ただ、シャツを汚す赤い血が、今のは現実だと教える。
 「再生するんだ。」
 唖然としている武蔵と弁慶に告げる。ただ事実を。
 「おかしくはないだろう。俺は脳から再生した。すべての細胞が事故直前の身体データのままに。それは、怪我や病気、老化さえ『異常』』として排除され、新たに基本データ通りに再生される。」
 「・・・・・・・・・・不老不死ってか?」
 おそるおそる口にする。
 「今のところはな。ゲッター線とは、けっこう職人気質なのかな。一徹だ。(おい!) 試しに指一本切り落としてみたが、見ている間に再生した。落とされた指は灰のように消滅した。まるで、吸血鬼だ。吸血鬼なら太陽が苦手だが、ゲッター線は太陽から降り注ぐから弱みにはならないし、頭を切り落としたところで、俺は脳からの再生だからな。期待はできない。」
 「期待するか!!」
 リョウが横槍を入れるが、無視。
 「痛みはあるので実験はあまりやりたくないが、まあ、腕一本なら今からやって見せてもいいが。」
 「「「やるな!!」」」    三者、同時。
 いつのまにか、シャツに付いていた血も消えていた。隼人の体を離れたものは消えるのか。
 「ミチルさんに会って、耐えられないのは俺のほうだ。どうしたって、俺が見送ることになる。それに、このまま地球に居たら、いつか俺の存在がばれるだろう。」
 ずば抜けて高い、その知能。隠そうとしても隠し切れるものではない。強烈なカリスマ性に加えて、不老不死ときたら。何と呼ばれるか、わかっている。悪魔、もしくは-------
 超越した者への眼差しは、憧憬、畏敬、妬み、恨み、哀願、恐怖。その感情は本人のみならず、彼が大切に思う人間にも向かう。(「デビルマン」がいい例だ。えっ?読んでません?)
 「・・・・・・それで宇宙へ行くと?」  武蔵の声が掠れている。
 「リョウは、今度は俺が最後を見届けてやると約束したからな。ゴウは。」
 痛ましい影が白皙を覆う。
 「おまえ達、今日ゴウを見て、何か感じなかったか?」 
 「え?・・・・何って・・・・・・・・おい、弁慶。感じたか?」
 「あ、いや、特には。・・・・・・ただ、半年前よりは、ずいぶん大人びたか?まあ、このメンバーといたら、大人にならざるをえないか。」
 「それをいうなら、リョウはどうなるんだ。ずっと、ガキのまんまだろが。」
 「隼人!!」  顔を真っ赤にして怒鳴るが、これも無視。
 「ゴウは卵細胞から時間をかけて成長したわけではない。成長した細胞から分化増殖させたクローンだ。しかも、高エネルギーのゲッター線を照射して、進化、成長を早めた。」
 「おい、どういう意味だ?」  タラりと冷や汗がつたう。
 「ゴウは、人間の5倍の速さで成長、つまり老化している。」

 絶句。
 「ゴウが完成体となって一年間。その間ほとんど体は成長しなかった。だが、半年前、そう、俺が再生しだした頃からゴウの時間は動き出した。」
 「もともとクローン体は成長速度が速いほど、長くは生きられない。ゴウの場合、カプセルを出てから成長が止まっていたので安心していたんがの。」
 敷島がぼそりとつぶやく。
 「隼人とゴウの間には、何かの因果関係があるのかのう。科学で説明できることは少ないて。」
 「そんな悠長なこと、言ってる場合かよ!!」
 武蔵が大声を出す。
 「5倍ってことは、10年たったら50歳、年を取るって事だろ?どうすんだよ、何とかしてやれよ、おまえらがゴウをつくったんだろ!!」
 「おい、武蔵。」
 噛み付くように隼人を責める武蔵を、弁慶はようよう、押し留める。
 「当然だ。」
 顔色も変えず、隼人。
 「ゴウは必ず治す。」
 気負いも不安も不信もない。隼人、竜馬、そしてゴウ。
 「ああ・・・・・・・そうか。そうだよな。」
 武蔵はゆっくりソファに座る。
 「コーヒー、淹れてきます。」
 ゴウが思い出したように部屋を出て行った。


 「俺たちが決めたことはこうだ。」
 リョウが武蔵と弁慶に説明する。
 「隼人は死なねぇ。いつまでかはわからないが、まあ、当分。だから、ゴウを治す時間が山ほどあるといえばあるが、その間にゴウが老衰で死んじまったら何にもならねえ。宇宙旅行にはコールドスリープ、冷凍睡眠ってのが付きものだろ?星から星へと行く長い時間、眠って時間を止めときゃいい。オレや敷島博士もついでに寝る。どうせ隼人は研究を始めたら一人で計算や実験をしているだけだからな。(いつも相手、してくれねえもん。)
 時々順番に起きたり、面白そうな星を見つけたときだけコールドスリープから出りゃいい。起きているのが隼人だけなら、食料とかも少なくて済む。な、いい考えだろ!」
 うれしそうにリョウが笑う。
 コーヒーを出しながら、ゴウもニコニコしている。敷島もニタ〜〜リ。
 「う、まあ・・・・・・・確かにいい考えだ・・・・・」
 「う、うん・・・・・・・」
 確かに合理的だし、成功の確率も高いだろうけれど。
 生きているうちは山ほどの仕事を抱え、死んでからもクローンの製造阻止に思念を凝らし、生き返ってなお、ひたすら仕事を押し付けられる隼人。 延々と。
 気の毒に。
 武蔵と弁慶の憐れみの眼差しを受け、隼人は嫌そうにコーヒーを口にした。










 「今頃、何をしているかなあ。」
 「いくらコイツでも、連絡つかねえもんなあ。」 
 腕時計を空に突き出す。
 4人を結んでいた通信機。隼人のものは事故のとき、バラバラに壊れて失ったと思われたが、敷島博士はなんとか直し、自室の小箱に入れておいた。傷だらけのソレは、今は隼人の腕にある。
 宇宙に行く前に、ゴウはリョウに、自分が貰った腕時計を返した。一度やったモンは受け取れねえ、とリョウは言ったけれど、その顔はちょっぴり後悔してて。「隼人さんからの連絡が届くようになったのですから。」と、ゴウは握らせた。
 決まり悪そうなリョウに、
 「ゴウには新しく作ってやる。」
 と、隼人がこともなげに言った。


          「 5人目の ゲッターパイロットだ。 」





 「5年、10年。いや、20年もしたら、一度くらい帰ってくるかな。」
 宇宙は広い。人間の時間では足りないほどに。
 「帰ってくるさ。ここが俺達の、そしてアイツ等の。」




                 「「   還る    場所だ。  」」




 
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   ラグナロク様 14000番リクエスト

       「蠢く闇」で、どういう形にしろ、隼人が生きてるバージョン


 はい。当サイトは、必要とあらば、死者も生き返ります。(笑)
 いえね。だって、原作でも、「アーク」で武蔵が生き返ってたでしょ。(ちょっと違うか?ネタバレになったならすみません!)
 原作でOKなことは、二次創作でもOkでしょう!!素敵なお題、ありがとうございます。

 いつも置き去りにされていく隼人が可哀想で書き出した「蠢く闇」
 思ってた以上に感想を頂き、(ありがとうございます!)つい、連載化しましたわ。
 まあ、大団円(?)になってよかったです。よろしければ、またご感想など。

 それと。この設定が面白いとの意見もいただきまして。
 もし、この話を引用して何か書こうかな〜とか思われる方、おられましたらご自由に。
 こちらへの連絡は事後承諾で結構ですので。「頂き物」ページもご用意しております。(にこにこ)

                (2007.8.3       かるら)